『楽園の寓話』泉谷淑夫展
不思議な空間である。
しんとした静けさの中に、かすかなざわめきがあり、不穏な気配が漂っている。
遺跡の岩へ腰を下ろす雲を突く巨人の後ろ姿、地平から中空へ湧き上がる雲の形、空には無人の熱気球が浮かび、地上の草原では、丸々と太った羊たちがのんびり群れをなしている。しかし待て、この風景の異様な気配はどこからくるのかーいつしか視線が探しものをするように動いていく。
「雲の伝説」(1998年作)は、シュルレアリズム的細密描写をとりながら、イメージの計略、視覚上の工夫がなされているようだ。草原に羊が十三頭、中央の一頭だけが正面を向きこちらを凝視している。残りの羊たちはペアになって自由な形、ここでふと十三の数が気にかかる。ちなみに隣接の作品「風化」の羊を数えると十三頭、十三からのイメージは、例えば十三日の金曜日、キリストの「最後の晩餐(ばんさん)」に登場する十三人、これから起こることへの予言の数か。草原に群れる丸々と太った羊たちは、形を変えた現代の私たちではないのかー。
雲を突く巨人の後姿と見えたのは、風をはらんだ羊飼の上衣、巨人の頭部は気球が止まっているだけ、中空は虚の世界の表現である。作家の思考と創造力で造り出す形態が、見る人を呪縛して離さない。
泉谷淑夫氏(1951年神奈川県生まれ)は、岡山大学助教授を務めながら、一陽会会員として作家活動を続けているが、倉敷での個展は初、この十五年間の大作三十七点を「楽園の寓話」と題して展観、力のある作品が会場を圧倒する。一貫するのは現代の自然破壊、人間自らの罪をパラドクシカル(逆説的)に表現する姿勢、画家としての確かな技術の研鑽である。
「羊をモチーフにしたのは十二年前、ある広告写真で、草の中へ首を突っ込んでいる羊の群れを見て思うものがあった。いつも群れて行動し、貪欲に草を食べつくす姿は、見かけの温和さと異なる、利己的な現代人と共通するー」作家の言葉である。
現代社会の歪み、未来の不安を寓話的に表現、社会へのメッセージを「描く」こと、技法の探究にこだわりながら続ける力量豊かな画家の出現である。
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